164. 新字、新かな、捨がな有
- 2017年05月23日
- 用字用語
少し前のインタビュー番組で小説家の自筆原稿が映ったとき,作品タイトルの右上に押してあるハンコに目がとまりました。一時停止してよく見ると「新字」「新かな」「捨がな有」と3つ押してあります。これは、見たことないかも! 組版の現場からも遠くない矢来町の出版元での原稿整理時のゴム印でしょうか。
具体的には、以下の指示のはず。
・新字 :常用漢字・人名用漢字は、新字体を使用。
・新かな :現代かなづかいを用いる。
・捨がな有:拗音および促音に小書きの仮名「ゃ・ゅ・ょ・っ」を用いる。
1981(昭和56)年*発行の文芸誌の原稿のようで、新しい表記がおおむね定着している頃でしょう。にもかかわらず、3つのゴム印を別々に押して、わざわざ指示するというのは、文芸の世界では、「旧字」「旧かな」「捨がな無」で組版するものも、まだ古典・詩歌等で少なからずあったのでしょうか。
*戦後の昭和21年に内閣告示三十三号「現代かなづかい」から三十数年、その後、昭和61(1986)年に内閣告示第一号「現代仮名遣い」がでる少し前の時代です。
「捨がな無」というと、法令では30年ほど前(昭和の終わり頃)まで、拗音および促音にも大きい仮名「や・ゆ・よ・つ」を用いていたようです。それを、1988年12月より、捨て仮名(小書きの仮名)「ゃ・ゅ・ょ・っ」を用いることになりました(参考:「法令における拗音及び促音に用いる「や・ゆ・よ・つ」の表記について」、5-6頁)。
「旧字」・「旧かな(歴史的仮名遣い)」というと、組版の現場では、電算写植の時代に先輩方が、明治・大正に出版された書籍・雑誌の現代表記化の仕事に十数年に渡りかかわっていました。古い表記を新しいものにして出版するというものです。そういう意味では原典として、古い表記は見慣れていましたが、あえて旧字・旧かなで組版するというものには、あまり遭遇したことがありません。ただ、昭和の終わりころの他の版元の資料を見ると、“古文や詩歌を除き現代仮名遣い”のような規定を見ることができます。旧字・旧かなの表記が残る分野も一部にはあったのでしょう。
平成も終わりに近づき、「旧字」「旧かな」が何なのか、また、かつては使われていたことを知らなくても、古典を扱うような専門書等の仕事を除き、組版・DTPではそれほど支障がありません。ただ、「捨がな」という、すでに聞きなれない言葉だけは、まだ忘れたころに見かけることがありそうです。ルビを拗音・促音も小さい仮名(小書きの仮名ともいう)を使わずに組む際に、「ルビは、捨がな無」と指定される可能性があります。
~おまけ~
“歴史的仮名遣い”で検索していたら、近所の印刷会社(大手出版社のグループ会社)の書籍校正者の募集要項がヒットしました。採用の優先条件で、“字形、字体の基礎知識があり、正字と新字を認識しながら作業できる方”とならんで、“歴史的仮名遣いと現代仮名遣いの対応を認識しながら作業できる方”というのがあり、今の時代でも必要とされるスキルであることに驚きました。
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